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函館地方裁判所 昭和42年(ワ)340号 判決

原告

高林久佳

代理人

大沼喜久衛

被告

西堀東治

代理人

土家健太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金四九八万二、三六五円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は、肩書地において、西堀外科医院を経営する外科専門医師であるが、原告は、昭和四〇年三月頃左脇下に無痛の腫物が生じ、被告の診察を受けたところ、打撲後遺症と診断され、湿布の施用と注射による治療のため爾来被告方医院に毎日通院していたが、病状に何らの変化がないのみか同年八月初頃さらにその下位部に腫物が生じ、被告から奨められて同月一五日被告方医院に入院のうえ、切開手術を受け、さらにストレプトマイシン(以下ストマイと略称)注射等の治療を受けた。

二、原告は、当初はストマイの注射だとは知らなかつたが、これを知つて後、ストマイ注射は世俗に「つんぼストマイ」という異名もある程恐ろしいものと聞いたので、万一の事をおもんばかつて被告に対し再三ストマイ注射の中止方を申入れたが、被告は「今のストマイは昔のものと違つて絶対に耳にこない。他の患者にも打つている」等と返答するのみで、ストマイ注射を中止せず、原告もその治療に従うの外なかつた。かくして、原告は、同年九月二九日被告医院を退院して後も外傷の治療と週二回のストマイ注射のため同院に通院していたところ、同年一一月二五日頃に至つて耳に異常を感じ、その旨被告に訴えたが、被告から何らの応答もないため、同年一二月二日訴外村岡耳鼻科医院で診察を受けた結果、耳の右異常はストマイ施用による両側耳難聴及び耳鳴との診断を得たので、その診断書を被告に示してストマイ注射の中止方を要求し、その後はストマイ注射は中止された。

因みに被告が原告に施用したストマイの量は二七本位に達する。

三、原告は右難聴及び耳鳴を最小限度に抑制すべく、右診断を受けてから翌年九月二二日まで前記村岡耳鼻科で通院加療を受け、その間市立函館病院耳鼻科、函館協会病院耳鼻科、函館市東雲町森病院において診察を受け、さらに、昭和四二年二月六日東北大学医学部附属病院耳鼻科において診察を受けたが、いずれにおいてもストマイ注射の副作用による難聴及び耳鳴で明瞭度は会話困難の状態である旨診断され、右各診断によれば、ストマイ注射の副作用による聴力障害は治療による改善が不可能であり、ただ従来以上の栄養食を摂取し、ビタミン剤を常用すれば、耳鳴には有効な場合もあり、またビタミン剤の服用を怠りあるいは栄養食摂取に欠けるところがあると、神経の疲労を招き、耳鳴は一層増大し、難聴はさらに悪化するおそれがあるとのことであつた。

四、ところで、ストマイは、戦後のいわゆる新薬で結核症患者に対する注射剤として医療に施用されているが、他面本剤は副作用として第八脳神経障害、例えば平衡障害、聴覚障害等の後遺症発現のおそれがあり、しかも一旦障害が発生するとその治療不能であるという危険性を有するものである。されば、医師が患者に対して本剤を使用するに当つては、(一)患者の病状を科学的な検診によつて的確に把握し、ストマイ施用を必要とする病状であるか否かを確め、(二)その施用をを必要とする場合でも、施用に当つては患者の腎臓機能に欠陥がないか、あるいはアレルギー反応性等の特異体質でないか等慎重に検討し、(三)注射後も日々発熱、めまい、耳鳴、聴力の変化について、細心の注意を払つて、その副作用発現の早期発見に努むべきであり、一般にストマイを取扱う医師としては病状によつてストマイ注射によらずとも他の治療方法がある場合にはその方法によるべく、また特異体質等により副作用発現の可能性が大きい場合にはストマイ注射を差控えるべきものであり、これらは医師に課せられた当然の注意義務であるというべきである。

五、しかるに、被告は原告の病状がストマイ注射による治療を要するものでなかつたにもかかわらず、その病状の的確な把握を怠り、さらに原告の体質等について充分な検討をなさず、あまつさえ、原告のストマイ注射拒否を退けてこれを強行する等医師としての前記注意義務を欠き、その結果原告に前記の強度の聴力障害及び耳鳴の疾患を与えたものであるから、被告はこれによつて原告が蒙つた一切の損害を賠償する義務がある。

六、原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  既往の損害

(1)  一万二、一五〇円 補聴器(ポケット用)一個の購入代金

(2)  二万三、〇〇〇円 右同(眼鏡用)一個の購入代金

(3)    四、〇五〇円 右各補聴器に使用のためナショナル水銀電池四五個の購入代金

(4)  一万〇、六二〇円 前記疾患の治療のため摂取した昭和四二年二月から七月までの牛乳代金(一日当り〇、五四リットルずつ)

(5)  一万二、三四〇円 前記疾患の診断を受けるために要した函館、仙台市間一等汽車船、往復運賃(特急料金含む)並びに宿泊料(一泊分)

合計 六万二、一六〇円

(二)  将来支出を余儀なくされる損害

(1)  三七万九、五〇五円 前記疾患治療に要するストミゾンネ及びアリナミン代金

ストミンゾンネは一日三回六錠服用、一年間では二、一九〇錠服用することを要し、一錠の代金は九円であるから一年分の代金は合計一万九、七一〇円となる。アリナミンは一日三回三錠服用、一年間では一、〇九五錠服用することを要し、一錠の代金は一五円八三三であるから一年分の代金は合計一万七、三三七円となる。したがつて、右両剤の一年分合計代金は三万七、〇四七円である。

原告は大正三年五月一日生で五三才の男性であるが、厚生大臣官房統計調査部管理課第一〇回作成の日本人平均余命表によると今後二〇、〇五年生存し得るので、この期間右各薬剤を服用するとその代金合計は七七万七、九八七円となる。これをホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除すると三七万九、五〇五円となる。

(2)  六万七、三〇二円 補聴器使用に必要なナショナル水銀電池代金

この水銀電池の耐用期間五日、一年間の必要個数七三個で、今後原告の生存期間中一、五三三個を必要とし、単価は九〇円であるから合計代金一三万七、九七〇円となり、これを前記ホフマン式計算法で計算すると六万七、三〇二円となる。

(3)  二三万五、五五八円 前記疾患法療のため摂取することを要する牛乳代金

牛乳は一日三本(〇、五四リットル)必要であり、一年間一、〇九五本、単価二一円であるから年間の代金合計は二万二、九九五円となり、今後原告生存期間中の代金合計は四八万二、八九五円となり、これを前記ホフマン式計算法で計算すると二三万五、五五八円となる。

合計 六八万二、三六五円

(三)  慰藉料

四三〇万円を下らない。

七、よつて、原告は、被告に対し不法行為に基づく損害賠償として右損害額合計四九八万二、三六五円及びこれに対する不法行為の後で本訴状送達の翌日である昭和四二年九月二四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁及びその主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実中原告が被告医院に入院した日時及び切開手術を受けた日時の点を除きすべて認める。右日時は昭和四〇年八月一七日である。

二、同二項の事実中被告が原告にストマイ注射をなした事実(合計二九本)、村岡耳鼻科の示唆によりこれを中止したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告の原告に対する診察、治療の経緯は次のとおりである。

(一)  被告は昭和二八年二月一三日より結核予防法に基づく結核患者の医療指定機関として指定されておるもので、被告が原告を初めて診察したのは昭和四〇年四月一六日であつた。当時原告の主訴は、昭和三八年秋頃左脇下部を打撲し当時は疼痛を感じたが放置しておつたところ、最近同部分に腫物が生じたと言うにあつた。

(二)  診察の結果六センチ大の腫脹が認められたので、被告は打撲後遺症と診断し、爾来原告に対して湿布の施用と併行して注射による治療を施しているうち、八月初旬頃に至り、その下部にもさらに腫脹が出現したのでX線写真検査をしたところ、肋骨には異常なく、血沈もやや促進する程度であつたが腹壁結核の疑があり、同年八月一七日原告を入院させ手術をした結果、乾路性物資が認められたので、原告の症状を左腹壁結核と断定した。

(三)  そこで、被告は化学療法の必要を認め、同年八月二〇日市立函館保健所に対し、結核予防法第二二条の規定に基づく届出をなすと同時に、同法第三四条の規定により、化学療法として初回複合ストレプトマイシン(DHSM)、バラアミノサリチル酸塩(PAS)、イソニコチン酸ヒドラジド(INH)の三者併用の医療を同月二一日より開始する旨の結核医療公費負担申請をなし、その許可(患者票)を得たうえ、原告に同月二四日を第一回とし同年一一月三〇日まで週二回前記複合ストマイ合計二九本を注射したが、その間原告からその副作用発現を訴えられたこともなく、その発現を認知できるような徴候も認められなかつた。

(四)  ところが、同年一二月二日に至り被告は村岡耳鼻科より「原告はストマイ注射の副作用と認められる高音界の聴力損失があるので一応注射を中止されては如何かと思う」旨の示唆を受けたので、被告は直ちに同日からストマイの注射を中止し、その後はINHとPASの二者併用の治療を昭和四一年四月三日まで継続してきたものである。

三、同第三項の事実中、原告が昭和四〇年一二月二日当時高音界の聴力障害を来たし、右障害がストマイ注射による副作用として発現したものと認められること(但し、難聴の程度は争う)、原告がその頃から村岡耳鼻科で通院加療を受け、一方市立函館病院、函館協会病院及び東北大学医学部附属病院の各耳鼻科の診察を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

四、同第四項の事実中、ストマイが戦後のいわゆる新薬で結核症患者に対する注射剤として医療に施用されていること、他面本剤は副作用として第八脳神経障害の発現するおそれもあり得ること、されば医師は副作用発現に留意し、速に認知して結核治療に万全を期する必要があることは認めるが、その余の点は争う。

五、同五項の事実は否認する。元来結核症が結核菌より起り、悪化し、再発する以上これが殺菌、その繁殖防止のため抗結核薬による化学療法が外科療法とともに重要な役割を果すものとされ、一方生ずることのあるべき抗結核薬の副作用の予防とその治療法については種々研究が進められつつあるが、複合ストレプトマイシンは、ストシプトマイシン及びジヒドロストレプトマイシンの単独療法に比較して、それぞれ半量宛のため過敏症、第八脳神経機能障害等の副作用は少なく、よく長期間の治療を行なうことができるのである。さらに、INHとPASとの三者を併用することによつてその副作用の発現をより少なくし得ることが化学的に証明されているのであて、さればこそ、結核治療指針にもそのように定められ、被告は右指針に従つて三者併用による抗結核薬の投与をなしたものであり、また原告に対する治療開始及び治療中も種々機能検査をなし、医師として結核治療のため最善の処置を尽してきたのである。従つて、かりに、原告において右ストマイ施用の副作用として聴力障害を来たしたとしても、被告がその責に任ずべきものではない。

六、同第六項の事実は否認する。

立証〈省略〉

理由

一被告が肩書地において西堀外科医院を経営する外科専門医師であること、原告は昭和四〇年三月頃からその左脇下に腫物が生じ、被告の診察を受け、同年八年中旬頃被告医院に入院、切開手術を受けたうえ、ストマイ注射等の施用による治療を受けていたところ、同年一二年二日耳に異常を覚え、訴外村岡耳鼻科医院で診察をうけた結果、ストマイ注射の副作用による難聴及び耳鳴であることが判明し、同日以降ストマイの注射施用が中止されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、原告の右難聴度はその後進行し、昭和四二年二月六日東北大学医学部附属病院耳鼻咽喉科における診察を受けた当時は両側内耳性難聴で、明瞭度は会話困難の状態であり、その後はさして好転していないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二よつてストマイ施用によつて招来された原告の聴力障害耳鳴について被告に不法行為上の責任があるか否かについて判断する。

先ず被告が原告に対してなした診察、治療の経緯をみるに、〈証拠〉を綜合すると次のような事実が認めらる。

(一)  被告は結核予防法に基づく結核患者の医療指定機関として指定されている医院を経営する外科医師であるが、昭和四〇年四月一六日左脇下部に腫物ができたと訴えて来院した原告を診察したところ、左前胸部が鶏卵大にはれており、レントゲン撮影血沈検査等した後、これを左前胸部打撲後遺症と診断し、以後原告に対し通院による湿布と青ピラザルプロ注射施用治療を継続した。ところが、同年七月一七日頃に至り、原告の患部の症状は、右腫物の下部にさらに腫脹が生じ、化膿したような状況を呈し、結核性の腫脹との疑も生じたので、原告に奨め、同年八月一七日原告を入院させたうえ右腫脹を切開手術したところ、乾酪様変性を来たした膿が二〇CC位現出したので、ここに原告の症状を左腹壁結核と断定した。

(二)  そこで、被告は化学療法の必要を認め、同月二〇日市立函館保健所に対し、結核予防法第二二条の規定に基づく届出をなすとともに、同法第三四条の規定により、化学療法として複合ストレプトマイシン(DHSM)、パラアミノサリチル酸塩(PAS)、イソニコチン酸ヒドラジド(INH)の三者併用による医療を同月二一日より開始する旨の結核医療費公費負担申請をなし、その許可を得たうえ、同月二四日を第一回とし同年一一月三〇日まで週二回の右ストマイ注射のほかその余の薬剤の投与による治療をなし、またその間尿検査等の方法により腎臓機能の検査も継続してきたがその点については異常は認められなかつた。

(三)  一方、原告はストマイ注射による副作用の発現をおそれ、二度にわたり被告にその不安を訴えたが、被告は「今のストマイは絶対に大丈夫だ」等と告げて原告の不安の解消に努め、原告もそれ以上にストマイの注射を拒否するような態度に出なかつたため、被告は前記治療方法を継続してきた。ところが、同年一一月下旬頃に至り、原告は耳に異常を感じ、同年一二月二日訴外村岡耳鼻科医院に診察を求めたところ、ストマイ施用による副作用と認められる聴力損失と耳鳴であると診断された。被告は、同日右村岡医師からその旨の連絡を受け直ちに前示のようにストマイ施用を中止し、その後はINHとPASの二者併用による治療に切り替えてその治療に当つてきた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、鑑定人萱場圭一の鑑定の結果と〈証拠〉によると、ストマイ施用による副作用として第八脳神経障害による聴力損失ないし耳鳴の発生は低率ながら避け得られないものであり、その聴力障害等は治癒し難いものであることが認められる。従つて人の生命及び身体の安全を図るべき職責を有する医師としては、治療のためにする処置としてストマイを施用する場合であつても、その施用について、通常人より高度の職務上の注意義務を負担していることはいうまでもないところであるが、治療時におけるわが国の治療技術の水準からみて、専門医として当然なすべき注意義務を尽しておる場合には、たとえそれにより患者の身体の健全性を損うに至らしめたとしても右の結果につき医師の責任を問い得ないものといわなければならない。

そこで、前示認定の事実を基礎として、被告が原告に対しストマイ注射を施用したこと及びその施用の前後にとつた措置について被告に過失があつたかどうかについて検討する。

鑑定人萱場圭一の鑑定の結果によれば、原告の胸壁及び腹壁の皮下の疾患について被告が左腹壁結核と診断したことは、受診時からの経過、切開時の状態、切開切除の所見から乾酪性病巣が見られることや傷口が非常に治りにくかつたこと等よりみて適正であると認められること、本件のような結核性の疾患の医療については結核予防法による「結核医療の基準」および健康保険法による「結核の治療指針」によつてなすべきであるところ、これによれば、罹患組織等を切除する外科療法をなす場合には、原則として化学療法を併用すべきものとされ、化学療法としては前記「基準」においても「指針」においてもSM(ストマイ)、PAS、INHの三者併用を原則的な使用法として掲げ、一般に結核の治療には右のような使用方法がとられていること、しかして被告が原告の右疾患の治療のための措置として結核と診断した時点から、SMPAS、INHの三者併用による化学療法をなしたことは原告の右症状に照らして医師として当然とるべき妥当な措置であつたことが認められ、他に右認定に反し、被告が本件ストマイの施用及びその前後にとつた処置について、医療上不適切な点ないしは被告が医師としての最善を尽くさなかつたという事実を認めるに足る証拠はない。

もつとも被告において、ストマイ注射を施用するに際し、事前に原告がストマイ施用による副作用の発現し易い体質であるか否かの点について格別の調査をした形跡は認められない。しかし、前掲鑑定人萱場圭一の鑑定の結果、甲第一号証、乙第六号証及び鑑定証人森敬の証言によると、ストマイ施用による副作用の発現を事前に探知することは現代の医学では不可能であり、医師のとり得る最善の策としては、ストマイ施用後において患者にめまい、難聴、耳鳴等の症状が認められないか十分注意し、患者からこのような自覚症状の訴えがあつた時には直ちにその使用を中止し、専門医の治療を受けさせる等の方法しかないことが認められ被告が事前の調査をしなかつたことをもつて被告を責めるのは酷であるというべく、しかして前認定のように被告は、村岡医師から、原告にストマイ施用による聴力損失耳鳴が認められる旨の連絡を受けるや直ちにストマイの施用を中止しているのであつて、本件ストマイ施用の前後の措置について被告に過失があつたとはいいがたいのである。

また被告がストマイの施用について原告が不安を訴えたのに対して「今のストマイは絶対に耳にこない」等と答えたことは前示のとおりであるところ、ストマイには、前記のとおり副作用の発現のおそれがあるのであるから右被告の言辞は、たとえ患者の不安を解消するためとはいえ、医師の言としてはいささか軽卒の謗をまぬかれないものといわなければならない。しかしながら、原告本人尋問の結果によつて明らかな如く原告の右訴えは、原告が特異体質であるとか親族にストマイ注射による後遺症患者があるとか具体例をあげてのものではなく、単に「大丈夫か」と副作用発現に対する不安を表現したにすぎないものであることや、〈証拠〉によると、ストマイ注射の副作用による聴力障害のうち、日常生活に支障をきたす高度の聴力障害を示した症例は結核療法研究協議会の調査によれば、総例数二、九一七例中四例(0.14%)にすぎないと認められること等を考え合わせると、右被告の言辞をとらえて被告に過失ありということはできない。

三以上のとおりであつて、被告の本件ストマイの施用ならびにその前後にとつた処置に過失を認めることができず、したがつて、原告の難聴及び耳鳴について、被告に責任を問い得ないというべく、右の結果は、原告にとつて不幸な災厄であつたという外ない。

よつて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、本件請求は理由なきものとして棄却を免れないところであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(家村繁治 小林啓二 河村直樹)

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